日記・コラム・つぶやき

オリジナル短編「天を仰ぐ」

暗い。暗い闇の中、重力の渦の底で圧迫されているようだ。酷い頭痛を感じる・・。全身が重く、体中が痛い。そして今にも吐き出してしまいそうだ。
「気が付いたぞ!君、意識はあるか!?」
 ふと目を覚ますと、横たわっていた私の目の前に男性が顔を覗かせる。どうやら私を介抱していてくれた救助隊員のようだ。
「・・・はい。」と、私は声にもならないような小さな声を発した。そうか、私は生きているんだ・・!横になりながらも周囲を見回すと、瓦礫の山に囲まれていた。救助隊員らしき人たちの姿が多数、忙しく動き回っている。私の他にも生存者はいるのだろうか。

 私の眼下には高層ビル群が見渡せる。
「高いなー・・・。こんなものを造る意味あるの?」思わず声に出してしまった。それは地上600Mにもなる超巨大なビルの中だった。通勤場所の近くに建造され世間やマスコミからの注目集めていたため、思わずオープン初日に訪れてしまったのだ。エレベーターで上階に向かう途中、あまりの居心地の悪さについ降りてしまった。偶然居合わせた撮影クルーと思われる人たちと、普段TVを見ない私でも知っている俳優たちが会話をしていた。どうやら新しく完成したこの場所でドラマ撮影をするらしい。私だけが部外者という、小さな密閉空間に耐えられなかった。
 ここはビルの中腹より少し上の階層だろうか。それでも高い。東京タワーの頂上が目線に確認できる。彼らは何階へ向かったのだろう。しばらくすると、揺れを感じた。それは大きな揺れとなり、私は立っていることもままならない程だった。「ちょっと!何!地震!?」尋常ではない揺れを感じ、倒壊すると脳裏に横切る。程なくすると揺れは収まったが、私は不安で堪らなかった。最新のビルとはいえ耐震建築問題が叫ばれる昨今、このような”化け物”が倒壊でもしたら想像にも絶する光景になるだろう。
 私はすぐにでもビルから出たい衝動に駆られ、エレベーターを待っている時間すら恐怖だった。いても経ってもいられず階段を折り始めた。冷静に考えてみればエレベーターを待って降りた方が確実に早いのだが、軽いパニック状態となっていた私にはとにかく降りることしか考えられなかった。
 すると、再び大きな揺れを感じた!「また来た!!」何故私はそうしたのか理解できないが、咄嗟に階段を下りるのを止め、その階層の近くの部屋へ飛び込んだ。その部屋は使われている様子が無く誰もいなかった。余震と呼ぶにはあまりにも大きい揺れだった。むしろ1度目の揺れよりも大きい!その揺れは立つことも許さず、激しい音と共に瓦解し始めた。落下する浮遊感を感じ、恐怖を通り越して覚悟を強制させられた。死という覚悟だ。どうすることもできず、何も考えられなかった。よく死ぬ間際を描くドラマや映画等で記憶が走馬灯のように廻るシーンがあるが、あれはウソなんだ。と、不思議に覚悟を受け入れていた。上も下もわからず、世界が廻っているのを見ながら「これで終わりかぁ」と思いながら意識を失った。

 聞いた所によると生存者は私を含む2人だけらしい。私は全身の打撲と内出血という奇跡的な軽症で済み、痛みを感じることで生きていることを実感していた。私への各種マスコミから取材の依頼が殺到したが、乗り気にはなれない。元来目立つことを嫌うこともあるが、事態が事態だけに他に取材することは山のようにあるだろう、と。しかし余りにも止まない依頼に嫌気が差し1件だけ受けることにした。
 TV局に呼び出された私は、軽い打ち合わせの後に本番を迎えた。ライトが眩しく光り、私は下を俯くばかりだった。すると私の隣に1人の男性が座った。顔を見上げるとそれはアイドル歌手でありドラマでも人気の、私でも知っているスターだ。どうやらもう1人の生存者というのが彼だったようだ。そういえば、ビルの中でドラマの撮影があったんだっけ。彼には恐れいる。あれだけの状況下の様子を雄弁に語り出すのだ。私も2,3答えはしたが、ほとんど彼の独壇場だ。スターが奇跡の生還を語る。これほどTVショーにしやすいものは無いだろう。しかし彼を見たところ包帯を巻いてはいるものの比較的軽症に見える。そんなこともあるんだなーと関心して聞いていたが、よく考えれば私も同じか。本番が終了し私はそそくさと家路につく。一方彼は殺到する取材を全てこなしているようだ。

 後の調査で分かったことだが、例の超高層ビルは一部経費削減の欠陥建築だったようだ。マスコミは業者を叩き、業者はお決まりの謝罪会見。飽き飽きするほど繰り返される光景だ。問題が起きればすぐにこのパターン。悪人を叩くマスコミだって所詮は偽善者だろう。外圧に屈し権力には従う、首輪をはめられた子犬にしか見えない。それに先導される民衆も民衆だが。そして何と言っても今話題にされているのは”生存者は私1りだけたった”ということだ。これも最近分かったことだが、彼はビル倒壊時には現場にいなかったようだ。単純に遅刻して、現場に着いた時には既に事後だった。当然、ウソの英雄譚を語った彼はマスコミの槍玉に挙げられ、もう以前のような輝きは見るまでもない。

 直接的な原因は大地震によるものだが、欠陥建築、偽証、いや、それ以前に不必要なモノだったのではと思う。高度な技術の結晶は本質的には無用の長物であり、先進した文明は人間の心を退化させるのではないだろうか。先進文明は生活を楽にするが心を腐敗させるのであれば、私は高度な技術を持った文明社会で生きるよりも、自然を重んじ心を育てたい。

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